自分に自信がない人に共通する5つの特徴

虚言癖がある

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これは言うまでもなく、自信がないことの表れです。

自信がない人とは素の自分を受け入れられない人です。

常に何かしらのコンプレックスを抱いているのですが、そもそもコンプレックスを抱いている状態が受け入れられないので最終的には虚言で誤魔化します。

 

 

外観にこだわり、身につけているものを自慢したがる

 

自信がない人はそれを補うように外観にこだわる傾向があります。

また、身の丈に合わないものを身につけたがります。

所得や学歴、職歴にコンプレックスがある人ほどSNSなどで、海外旅行や購入したものなどを自慢し、さも上流階級のように振る舞います。

 

よく人にものをあげる

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自分には何の取り柄もないので、ものをあげることで他人から興味を引こうとします。

見返りを求めてない人なら良いのですが、大概「いつも迷惑をかけているから」という気持ちからこの行動に出ますので、ものをあげることで許してもらおうとしているという図々しさが垣間見れます。

また、他人のウォンツを考えないので、本当に必要なものをあげる確率がかなり低いです。

いらないものをもらった挙句恩を押し付けられます。

 

他人の意見に合わせる

自分に自信がない人は常にテレビや雑誌、マンガなどの情報に振り回され、それらの平均化した値が”常識”だと思っています。

考えることを放棄しているため、相手の意見が正しいのか間違っているのか、根本的にわかっていません。嫌われることを恐れるため、相手の意見に合わせてしまいがちです。

 

頑固者

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上記と同じように、意見されてもロジカルに考えることができず、相手の意見を聞き入れることができません。

逆に自分に自信がある人は、相手の意見を論理的に分解することができるため正しいことと間違ったことを精査することができます。

 

まとめ

自分に自信がない人とは関わらないほうが良いです。

 

 

頑固な人ほど自分の考えがない理由

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柔軟な人とは

 

例えばスティーブジョブズiPhoneを開発したように、成功者の多くはそれまでの常識では考えられない柔軟性に富んだ発想で物事に取り組みます。

 

それでは柔軟性がある人というのは具体的にどういった人のことを言うのでしょうか。

 

言葉のやり取りではない本当の対話

「対話ができるかどうか」は一つの基準になると思います。

例えば共通の思想や趣味、感覚を持った人と仲良くなれるのは、それは高確率で対話をしていない可能性があります。

対話とは相手の意見を聞き入れること、自分の意見を伝えることです。

当たり前のことのようですがこれができない人はかなり多いんですね。

 

対話ができない人は、相手の意見を自分の脳に入れて考えるということが苦手です。

つまり対話ができないから、共通の話題や感覚に頼って本当に対話することから逃げてしまいます。

 

対話ができる人であれば、たとえ共通の話題や思想がなくても面白い会話になることがあります。

それはお互いが互いの意見を尊重しているからです。

 

 

柔軟かどうかを見分ける方法

こういう話をすると「私は柔軟だから大丈夫」と思う人がいますが、

この考えが一番危険なんですよね。

 

本当に柔軟な人は、自分の頑固な面をいかに取り払うかということを考えて努力していますから、自分のことを柔軟な人間だとは心底思えないでしょう。

 

 

柔軟な人はロジカル、頑固な人は自分の考えがない

頑固な人はテレビやアニメ、漫画、その他世間の影響を受け”常識”を重んじます。

だから自分の常識の範疇を超えるようなことがあった時、それを認められません。

 

柔軟な人は世間の影響を受けず、自分の考えを頼りに行動します。柔軟な人は自分の考えや意見をしっかり持っている人が多いです。

一見「それは頑固じゃないのか?」と思われそうですが、

柔軟な人の考えの源流は自身のロジカルシンキングですから、もし自分の意見が間違っていたりすると感情ではなく理論的に間違っていることを理解できます。

 

頑固な人は、自分の考えではなく影響でしかないので、間違いを指摘されても何が正しいのか、間違っているのかを判断する基準を持ち合わせていないのです。

 

しかも道徳や価値観は時代によって変化していきますから、上辺の常識に惑わされて時代に取り残されていきます。

 

 

常識を再考する

柔軟な思考を得るためには、まず自分が正しいという考えを一切捨てて、

常識という概念を取り払う必要があります。

では世間一般の風習や常識に頼らずに考えるには何を基準にすると良いのでしょうか?

 

考え方の基準の一つとして「メリット・デメリット」があります。

 

例にあげますと、私の家にはテレビがありません。

これはテレビが家にあり常時つけっぱなしになっている家庭からすればありえないことでしょう。

しかし「ありえない」で終わってしまっては柔軟ではありませんね。考えてみるのです。

テレビがないことによってどんなメリットがあるか、デメリットがあるか。

 

私はテレビがあることのメリットは災害時の情報収集のみだと考えています。

デメリットはテレビがあることによって無駄な時間を過ごしてしまう確率が高くなることです。

 

私は自分の頭で考えた時に、デメリットに対してメリットが少なすぎたので買わないという結論に至ったのです。

(まあ、電源をつけなければ良いのですが私は自分の意志の弱さを十分に把握してるので、集中を妨げるようなものはできるだけ生活から取り除いています)

 

このように考えていくと、まず自分にとって良い選択ができ常識に振り回されることがなくなります。

そして、メリット・デメリットは自分だけではなく、相手の立場からも考えなければなりません。

自分だけが良い、というのはあまり良くありませんからね。

 

まとめ

柔軟性を持つために、自分を常に疑って、メリット・デメリットを考える

なぜ偉人は仏教を学ぶのか

 

仏教 生き方

仏教は宗教ではなく真理である

と書くとどうしても胡散臭いのですが笑

弁解すると私は僧侶や仏教関係者ではありませんし、どの宗派にも属してません。

ただ一介の日本人として仏教を学んでいるものです。

 

宗教ではないという表現をしたのは、これは日本的な宗教という意味合いからかけ離れていると思うんですね。

なんか宗教って神様やオカルトを信仰しているような印象ではないですか?

また日本ってなんでも宗教化してしまって、例えば会社やブランドも宗教ですし、バンドやAKBなどのアイドルもまた宗教だと思うんです。

だから私は仏教を宗教だと称するのに少し抵抗があるんですよ。

 

信じるべきものは何?

 キリスト教イエス・キリストイスラム教はアッラーですが、仏教は何を信じているのかご存知ですか?

 

仏教の開祖であるブッダが亡くなる直前に残した言葉があります。

それは「自灯明・法灯明」という言葉です。

この言葉はブッダの弟子が「あなたが亡くなったら何を拠り所にしていけば良いのですか?」と尋ねたことに対する問いです。

 

自灯明・法灯明とは「自分を拠り所にし、法を拠り所にすること」

つまり最終的に信じるべきものは神様でも仏様でもなく”自分自身”ということなんです。

 

法灯明については様ざなま解釈があるようですが、私は「自分を知る手がかりになるブッダの教え」だと思っています。

 

偉人たちはなぜ仏教を学ぶのか

スティーブ・ジョブズジョン・レノンアインシュタイン稲盛和夫(京セラ)

彼らは仏教を学び、そして自身の活動にその考えを取り入れてきました。

 

それは世界が諸行無常(すべてのものは変化し続ける)だからこそ、

普遍的な真理が必要だったのではないだろうかと考えます。

 

太古から残り続けているものは、それだけ価値があるものです。

 

また、自灯明を確立させるためには己を知ることが必要です。

私も会社を辞めてフリーになる際に、己を知るということがいかに難しいかを実感しました。

偉人たちは、その人生にとって最も価値のある情報とも言える”自分自身”を知るために仏教を学んでいたのだろうと思います。

 

 

 

ちなみに、私が仏教を学ぼうと思ったのは人間は経験だけで学ぼうとすると限界があると思ったからです。

自分の経験だけでしか学べない人って多いんですよね。

(たまに経験しても学ばない人もいますが…)

 

すでに歴史に名を残している偉人が学んでいたことですから間違い無いでしょう。

人生の先輩の意見にはとりあえず何も考えずに従うことが私のモットーです笑

 

これからの仏教に対しての希望

ここに書くことは私の希望ですが、僧侶の方々も含め仏教についてわかりやすく伝えていける人が増えればいいなと思います。

というのも、せっかく仏教について勉強しようとしても、難解に書かれてあるものが多すぎるんですよね。

私が仏教についてブログを書こうと思ったのも、ちょっとでもわかりやすく伝わればいいなと思ったからですが、やはり職業としての専門分野ではないため間違って伝えてしまう可能性もあります。

 

何にしても葬式や法事だけではなくて、

仏教についての理解を深め、人生や仕事に考え方をプラスできる人が増えていけばいいなと思います。

ブラック企業かも?思ったら疑うべきこと

ブラック企業かも?思ったら疑うべきこと

生き方

なぜ日本人はここまで傲慢な人が多いのでしょうか?

 

先日、転職を考えている人からご相談をいただきまして、

確かに労基を守っていなかったり"ブラック"な面もあったんですが、

何より私が問題視したのが、その人が「働いてやってる」という感覚を持っていたことです。

 

あなた一人で起業して稼いでいけますか?

結局この一言に尽きます。

この質問すると「企業も人手がいるから俺が辞めると困る」という人がいるんですけど、そういう人って人材ではなく"人手"としか扱われてなかったりするんですよね。

仮にその人がいないとダメだったとしても、自分の人生と会社の存続を天秤にかけて会社を選ぶ意味がわかりません。

 

企業で働くということは、企業に寄生して働かせてもらってお金をもらっているんです。様々な経験ができるというおまけつきで。

 

自分の会社がブラック企業だと思ったら危険だと思え

度を超えたものは置いといて、よく自分が勤めている会社がブラック企業だと言っている人がいますが、その考えを持ち出したら危険だと思ってください。

なぜなら、本当に好きなことをやっていたら残業代などは気にならないからです。

 

働いている時間って社員であれば週40時間あって、通勤時間を含めればもっといくわけですけど、どんな気持ちで働いてるんでしょうか?

 

私が知る”仕事が好きな人”は皆、好き好んで残業しますし、そもそも仕事と生活の境目がないような人も多いです。

そういった人と比べて嫌々働いている人の人生の濃度って全然違うんですよね。

 

もちろん仕事に重きを置かない人もいますが、やはり週に40時間も好きではないことをするのってナンセンスだと思うのですよ。

それが”大人”なのだと、仕方なく働かなければいけないのだと思い込んでる人が多いだけなような気がします。

 

だから、残業代とか労働時間とか気になりだしたら、そこを改善するために動くのではなくて、さっさとそのつまらない仕事を辞めて好きなことをやったほうがいいんですね。

今の時代、何にでも価値をつけて仕事にすることはできますから。

 

まとめ

自分の会社がブラック企業かも?と思ったら

自分の生き方を疑い、自分は何のために会社にいるのか?を考える